『モザンビークってどこだ?!』から始まった協力隊。せっかくだから、モザンビークに、アフリカにどっぷりつかろう。。。そんな、未知の国モザンビークでの活動の2年間
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いよいよ旅立ちの日
おはようございます

石垣を出発するまであと…1時間ほど。。。
本当に私行っちゃうんだ
今までは全然実感がなくて、なんとなく準備を進めている感じだったけど、
いざ出発の朝となると、
ものすごくドキドキする

このドキドキは「期待」よりも「不安」のドキドキ
お父さん、お母さん、頑張りすぎて倒れんだろうか
ばあちゃん2年間元気でいてくれるだろうか
じいちゃん、私が2年後帰って来たとき、ちゃんと私を覚えていてくれているだろうか
2ヶ月間一緒に訓練を受けた203名の仲間と、他の訓練所の200名以上の仲間は2年間無事に活動できるだろうか
大切な人は2年間ちゃんとやっていけるのだろうか・・・

そんなことが沸々と湧き上がってきます


出発の日が近付くにつれて
協力隊をなんで志したのか、自分には何ができるのかを考えていました

さかのぼると小学校2年生のときボリヴィアに行ったのがきっかけだっただろな
それがなかったら、ウエ大に入ることもなかったし、フィリピン留学もしなかっただろうな
なによりも、ハラハラしながらもいつも応援してくれて、見守ってくれる家族がいたからだろうな
お父さん、お母さん、弟たち
いつも自分勝手気ままなねぇねぇは2年間また大切な家族を置いて遠い地に行ってしまいます
許してください。そして、必ず2年後無事に帰ってきます


今の今まで引っかかっていたこと
「経験のない自分が行ってできることはあるのだろうか」
正直まだその不安は付いてくる
でも、沖縄の協力隊の壮行会に出席したとき、あるOBの方がこんなことを行っていました
「これは君たちが選んだんじゃない。君たちはその国に呼ばれたんだ」
と。
きっと、私がモザンビークに行くことは最初から決まっていたのかな
運命だったのかな
呼ばれているんだったら、少しでもいいから何かできるかもしれない
大きなことじゃなくていい。小さなことから、モザンビークの人たちを笑顔にできたらいいな


長くなりましたが、
この日のためにメールや電話連絡をくださったみなさん、
ありがとう!!
そして、ちゃんと返事ができずにごめんなさい。
励ましの言葉や、私の安全を気遣う言葉など、皆の優しさたくさんたくさん伝わりました
その一つひとつの言葉を私と一緒にモザンビークに持っていきたいと思います!

それでは
また2年後に!
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